++ What cats feel   5 ++






 
  射し込む光が強ければ強いほど、落ちる影は暗いものだ。  エリシアがイーストシティで過ごす最後の晩は、あっという間にやってきた。別れを惜しむ二人は、秋の気配が混ざりかけた夜風に吹かれ、いつもの野辺をそぞろ歩いている。
「あっ、流れ星!」
 ロイの母親は青白い肌の持ち主で、他人に少女人形じみた印象を与える女性だったが、同級生のエリシアもまた、別の意味で少女性を失っていない。
「願いごと、三回唱えた?」
 くるりと振り向いてほほえむ彼女に、「見てなかったから」とロイは首を振った。少年にしてみれば、宙のことなどとても気にしていられなかったのだ。
「ダメねぇ、もう!」
 ぶつくさ言っているエリシアに、
「エリシアはなにをお願いしたの?」
 ロイはためらいがちに訊ねてみた。もし──もしも。彼女が自分と同じ願いを胸に抱いているのなら、どんなに素敵なことだろう。
 流星を目撃していたならば、ロイは迷わず願をかけたはずだった。エリシアと、ずっと一緒にいられますように、と。
「教えないわ」
 エリシアは少し意地悪く笑ってみせた。口に出してしまったら、叶わなくなりそうな気がするもの、と。
 それからふいに宙を見上げ、独り言のように続けたのだった。
「流れ落ちたあの星だけが知っているのよ、あたしの望みを」

 露に濡れた草を踏みながら、ロイは考えこんでいる。
 夏が終わる。終わってしまう。輝かしい日々は過ぎ去り、エリシアは、ここからいなくなってしまう。
 木立の向こうに家の灯りが見えはじめると、ロイは意を決して立ち止まった。手を引いていたエリシアの足もつられて止まる。どくん、どくん、と少年の小さな心臓が大きな音を立てた。
「エリシアは……!」
 月に輝く丸い瞳が、ことさら大きく見開かれた。どこか世間を冷視したところのある、この大人びた少年がこんな風に叫ぶのを、彼女は聞いたことがなかった。なにかを求め、なにかを恐れ、なにかに追いつめられて、せっぱ詰まった少年の悲痛な声。
 エリシアは返事をせず、ただ真摯な面持ちで言葉が続けられるのを待った。
「エリシアは、明日帰ってしまうんだよね……」
 震えながら訊ねるロイは、まだほんの子供に過ぎなかった。どこにでもいる、当たり前の子供。エリシアにだけ彼が見せる、年齢相応の少年の姿がそこにはあった。
「行って欲しくない。ずっと一緒にいたいよ、エリシア」
 きれいな紅を塗った唇が、やはり震えながらなにごとかを言いかけて、そのまま噤まれた。しなやかな両腕がロイの小さな身体をきゅっと抱き、着衣に夜露や草や土がまとわりつくのも構わず膝をついた。
 仕方がないのよ、と、彼女は言った。
「仕方のないことなの。あたしには、セントラルに仕事があるし」
 目の前の子供に言い聞かせるというよりは、むしろ自分に言い聞かせるといった、噛みしめるような口調であることにロイは気づかない。
「そうだね、仕方ないよね。新学期になれば、エリシアだって授業があるもの」
 エリシアは、セントラルシティの学校で音楽を教えているのだ。少年は寂しげに笑い、その代わりにと強請ってみせた。
「明日出発する前に、なにか一曲でいいから弾いて聴かせてよ」
「……もちろんだわ、ロイ。もちろんよ」
 ゆびきりの代わりにもう一度、少年の身体を引き寄せて音楽教師は約束した。


 ロイの学校の休暇ごとに、同じようなやりとりが繰り返された。野辺を散策し、詩を朗読し、好き勝手に読書をした。冬はそりで遊び、春は夏と同様、川面に釣り糸を垂らした。片田舎の娯楽は素朴なもので、単調極まりなかったが、二人はちっとも飽きなかった。エリシアがいる間、ロイはよく笑い、傍らのエリシアもまたよく笑った。彼女の笑みには華があった。
 春、別れの夜を野生の桜の根元で過ごすことに決めたロイに、エリシアは改まった顔をして相談があるのだと告げた。月の綺麗な晩だった。
「去年の夏、ロイはあたしに、セントラルに帰って欲しくないって言ってくれたわね。覚えてる?」
 静かな静かな声だった。風はなく、それでも時折はらりはらりと、透けるように白い花弁が薄闇の中を舞う。まったく、うっとりするような晩だった。
「もちろん、覚えているよ」
 決死の覚悟を必要としたあの夜を、ロイが忘れるはずがなかった。少年にとっては一世一代の大告白だったのだから。
 ところが、せっかくの情緒ある夜を、しっとりとした別れの夜を、だいなしにするような告白が少年を待っていたのである。返礼としてあんまりではないか。
「実はね、あなたのお父様から何度かお便りを頂いているの。内容は、あなたに会いに来て欲しいということと、できればそのまま、ここに居てくれないかってこと。あなたがあんまり、あたしを慕ってくれるので、つまり──」
「エリシア……」
 彼は、悲痛さにおいては昨夏の叫びも遠く及ばぬうめきを発した。
 人々のことなどお構いなしに、桜はなおもうつくしく散り続け、月はおぼろに霞んでいる。春の美しさに満ちた晩は、しかし、ひどく肌寒かった。











                                                                                                                       
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